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事故のお話-8

噛んだ唇が口内炎に変化しました。
すっげー痛いっす。歯肉の辺りまで痛いっす。
昨日のトマトソースはめちゃめちゃ滲みたっす。
作った自分が恨めしかった。。。。アホです(涙)

で。本題。
事故のお話-1 -2 -3 -4 -5 -6 -7 から続きます。
鼻チューブの先端がとても痛くて、毎日訴えていたら、
痛いと精神的苦痛でしょう、歯の隙間から液体が入るようなら
鼻チューブ抜きますよ、の言葉に嬉しがったのですが。

思った通り、
鼻チューブの先端で、食道を傷付けていたらしく
飲み物がしみるしみる。
特に、ワイヤが外れないうちの病院の食事は
牛乳、みそ汁の上澄み、ジュース コップ3つ以上。 
だったのですが。
トマトジュースが出た時には、んもうベッドの上で悶絶。
布団に爪を立ててガリガリ痛さと格闘していた時には
同室の方にとても心配されました。
マジ 痛かった。

そのうち、完全固定ワイヤから、一部ワイヤ+固定ゴム
になって、退院できました。
ワイヤを取ると、口を開ける練習が待っていました。
ワイヤ固定の間に口の筋肉と関節が固まってしまって、
これも結構痛かった。

退院後もしばらくはお粥メインで、
柔らかいものしか食べる事ができませんでした。
でも、口を通して食べられるって、本当に幸せ!!
こんなに食べる事が楽しくて、幸せだってこと
当たり前すぎて知らなかった。

お陰で今は食べるぎるっちゅーくらい、食べてます。

comaの入院中に来てくれたcoma母に
もうバイクなんて乗るんじゃないよ。って言われたり。
オットにも
もうバイクでタンデムはしない事にしよう。
って言われたり。

・・・。
coma、思うんですけど。
事故はイヤなの、もう絶対。ものすごく痛いから。
体だけじゃなくて、ココロも。こんなに痛いと思わなかった。
大事な人が傷つくのなんて、楽しくないでしょ?

でも、だからってバイク乗らないのとは違う気がする。
事故はね、車でも自転車でも歩行者でも、起きる時は起きるの。
万一、酷い事になれば、車でだって死んじゃうかも知れない。
車の場合なんて、自分が相手に痛い思いをさせる可能性は
バイクよりも高いかも知れない。
リスクはね、どれも一緒だと思うんだ。
だったら、怖くて乗らない選択肢を選ぶよりも、
怖くない乗り方をする事を心がければいいんじゃないかな。
それって、事故したからこそ考えられることじゃない?

事故はいやだよ、もう絶対に。
他の人にもこんな痛さを知って欲しくない。
この先、自分ももう二度と知りたくない。
でも、またバイクには乗りたい。
オットと一緒に乗ってる幸せを知ってしまったから。
その分、ちゃんと責任は負うから。
二人で、責任負うから。

そんなん考えながら、再びタンデムシートに跨がり。
そのうち、自分でバイクに乗る事も決意したのです。

今でも、オットの鎖骨はいびつにポコッと出ています。
comaも唇と歯肉の間に、縫った後が引き攣れています。
そんな、アホな夫婦だけど。

事故を起こさないように、相手の事を考えながら運転すること。
もうすぐ乗り始めて1年半、慣れてきた自分を戒めるためにも
書いた記事です。

最後まで、読んでくださってありがとうございました。
最後、ちょっとショッキングかもな写真を。
090313

ちっこくしました。クリックすると大きくなります。
事故の時にcomaが被っていたメット。
この事故以降、comaはフルフェイスを被る事にしています。
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事故のお話-7

今日の夕飯は、豚バラ肉のトマトソース煮。
お。お腹減った。。。

しつこい、事故のお話。
-1 -2 -3 -4 -5 -6 と続いています。

事故で折った、アゴの手術後がどんな風に大変か、というと。
歯ががっちりワイヤーで固定されているので、
まず、うまくしゃべれない。
舌と唇の形だけでしゃべるのですが、意外に疲れる。
おしゃべり好きなcomaには、しゃべらないのは非常に苦痛です。

手術後すぐから、しゃべるのが困難そうだと判断したcoma母が
買ってきてくれた落書き帳に、comaのしゃべりたい事をたくさん
書いていました。
オットと話すのに書いたり、お互いに書き合ったりしていました。
(今でも取っておいてあります)

で。つばやタンを出せない。
全身麻酔の手術の後、タンをすごく出したいのに
口を開ける事が出来ないので、
歯医者さんでつばを吸い取ってくれるようなヤツで吸引します。
結構な音がするので、夜は同室の人に気を使いました。。。

それから、一番の苦痛は。
口を通して物が食べられない事。
口から食べ物を入れられない、と言うことで。
昨日書いたように鼻からチューブが食道の方まで入れられています。
高栄養ドリンクが入ったボトルが、
点滴と同じような感じでぶら下がっていて、
ボトルから下に伸びているチューブに鼻から出ているチューブを
つないで、鼻から高栄養ドリンクを直接食道に流します。
(分かりにくい説明でごめんなさい。イメージお願いします)
これ、すなわち、食事。

このドリンク、あまりにも高栄養すぎて、胸焼けや下痢を起こすので
comaは水で薄めて入れていました。
それに、いっぺんに大量に入れるとお腹が反乱を起こすので、
ちょっとづつ入れていると、何時間もかかって。
途中でお手洗いに行きたいと思うと、
ご飯を持ちながらトイレに行く  ことになって。
なんちゅーか、こう、気持ち的にちょっと。。。

それに、食べいている実感がないのに、食道の奥の方から、
高栄養ドリンクが香ってくるんです。
ドリンクの味は。。。
カロリーメイトのドリンクって飲んだ事あります??
あれの、もっと濃いヤツをイメージしてもらうといいかもです。
comaに与えられたドリンクは、バニラ味。
食道の奥から、香ってくるバニラ味。。。

食事が終わると、チューブの洗浄のために注射器に水を入れて
鼻チューブに水を通すのだけど。。。
いっぺんに入れると、水がいっぺんに食道から胃に入る感覚があって
とても気持ち悪かったのを憶えています。
ま、薬も散剤の場合、
水に溶かして注射器に入れて、一気に鼻から通すんだけど。
なんか、げぼげぼします。

この体験をして、食べたり飲み込んだりする時って、
ノドが一回に食道に流す量を自分で大体決めて小分けにして
胃に送っていることを知りました。
いっぺんに物が入ると、目がシロクロしますよ。

comaの場合、この鼻チューブの体に入っている方の先端が
どこかに当たっているみたいで、どうしても痛かった。
つばを飲み込むのも、しゃべる時にも先端がどこかに刺さっている
みたいで、どうしても痛くて。

手術後のアゴの痛みもしびれも結構あって、痛み止めを何回も
もらっていた事も憶えています。

この状態で約10日(だったかな)。
耐えたのです。頑張ったのです。
まだ続くな、ごめんさい。。。

事故のお話-6

噛んだ下唇が痛い。。。
思い切り噛んでしまいました。トホホ。。。

ヒツコク、事故のお話-1 -2 -3 -4 -5 から
続きます。
今回は、comaのアゴの手術って?

オットが成田から退院してきた翌日、今度はcomaの入院です。
まずは手術への準備検査第二弾と
そしてオットも一緒に手術内容の説明と同意書書き。
話す人皆さんが、手術後よりも今の方が楽だから、
今のうちに好きな事しておきなさい、と話します。

え。今だって充分不便なんだけど!?
だから手術するんだけど。これ以上に不便になるの?
そんなことないっしょ~。
と、高をくくって手術に向かいました。

全身麻酔での手術が初めてだったので、
ちょっぴり緊張しながら、心配してやってきたcoma両親と、
オットに見送られて手術室にやってきました。
名前と生年月日を何度も確認されて、手術台に乗って、
初めての手術室!無影灯もある~!
・・・
・・・・・・・記憶なし。
って言うくらい早く寝てしまいました。
(結局手術の話はないじゃないか(汗)

起きた時は病室のベッドの上でした。
看護士さんに起こされて、肌寒さを感じて、
話そうと思ったら、うまく話せない。
ノドの奥にタンかなにかあるのにうまく出せない。。。
つばを飲もうとすると、痛い。
看護士さんは話せますよって言うけど、辛い。

うつらうつらしながら過ごしていたら、手術してくれた
先生が説明に来てくれました。
comaさん。
手術はうまくいきました。
思ったよりもアゴの位置がずれていなかったので、
スムーズに口を開ける事ができましたよ。
それから、comaさんの顎ね
思った以上に小さくて、大人の人が使える吸収性プレート
(そのうち骨と同化して再手術必要なしなもの)
は神経を傷つける恐れがあるので断念して
金属製のチタンプレートで固定しました。
半年後、また取り出す事になりますが、いいですね? って。

comaの顎って子供サイズだったんだ。
・・・・アゴ、そんなに小さいのかー。
脳みそ小さい事は知ってたんだけど。アゴは知らなかったな~。

翌日。
自分の体がどうなっているのか冷静に分かりました。

もちろん、点滴はされているんだけど。
歯の一本一本にワイヤーが巻かれていて、上の歯のワイヤーと
下の歯のワイヤーががっちり組まれています。
すなわち。
自分の意思で口が全く開かないようになっている。 んです。
それから、鼻から太めのチューブが一本出ていて
ここから液体の食事が直接食道に投入されます。

手術前に一通り説明は受けたはずだけど、
手術後は大変だよ、その意味を本当に思い知りました。
長くなったので、どんな風に不便だったのかはまた次回。

事故のお話-5

ぽっかり出来た、お仕事休み。
家事してのんびりさせてもらっていまふ。

で。さっそく本題に入ろう。
またまた、事故のお話-1 -2 -3 -4から続きます。

事故から2日目の朝。
今日こそは、オットの所に着替や入院に必要な物を届けに行こう
と決心して、本人はスピーディな気分で
でも実際の行動はノロノロと身支度と必要な物を詰め込みました。

車に荷物を詰めて、出発。
でも、その前に。
私の仕事場には一度顔を出して、状況説明をしておこう
顔見せた方が安心かもしれないし、と運転を始めたら。

えっ。ナニコレ。
痛くて首が回らない。腕も思うよりもうまく動かない。
右左折での後方確認やミラー確認する時の、ちょっとした動きが
辛くて辛くてたまらない。
車で15分程度の道のりを走っただけで、息切れがするみたい。

車から雪崩のように降りて、仕事部屋まで辿り着いて。
お姉さん達に説明をして、
これから成田まで行ってくるの。 と告げた時点で
仕事の手が空いているお姉さんが運転手になってくれました。
comaちゃん、それって全身打撲って言うのよ?
甘えられる時には甘えなさい?大丈夫だから。 って。
(オットは今でも彼女に頭が上がらない、と笑います。)

素直にお礼を言って、成田の病院に着いて。
オットの所に行くと、何と起き上がってる!
自分と別れた時には付いていた酸素マスクも外れていました。
もう歩く事もできるよ。と、回復の早いオットを喜んで、
入院に必要なものを売店で一緒に購入。
もうすぐ退院出来る事も知って、一安心。
ただ、comaの状態を見て、
一人で成田まで車の運転をさせる事が怖かったようで、
お迎えはオット両親にお願いする事に。

お互いにゆっくり休むんだよ、と笑い合って仕事場まで戻り、
気を付けるんだよ~の声に後押しされて
comaの入院用品一式の準備に取りかかりました。

翌々日、オットを送ってきてくれた両親にお礼を言って。
オット母から頂いたプリンをすすりながら、
(でも口になかなか入らない)
お互いに状況説明。

オットの肋骨と鎖骨の骨折は、特に手術など必要なくて、
ただ湿布を貼って付くのを待つ、と聞かされて。
(正しい位置になるように、鎖骨バンドと肋骨バンドという
姿勢を正しくするさらしみたいなのを巻くだけです)
人間の体ってすごい、と思い知りました。

痛み止めを飲んでいるからそんなに酷い痛みはもうないよ
ただ、腕は上がらないけどね って。

鎖骨は2カ所折れていたそうですが、骨に意思があるみたいに
お互いに手を出し合ってくっ付くそうです。
胸の内出血痕は、骨折の位置よりも低い所にあって
多めの血が出ると、重力に従って下に降りることも知りました。
なんか、すごいよね、体って。と話した後
思い出した事を話しました。

あの、入院した成田の病院って、
事故当日に銚子に行く前に前を通ってるよね?
きれいな病院だね~って話しながらバイクで前を通ったよね?
まさか、あの病院に収容されるなんて。。。。
思ってなかったね(笑)

それから、ぶつかった(かもしれない)相手の車は
盗難車だった事とぶつかった形跡がないことで
相手への保証をしなくてもいいことを知って
保険屋さんへの連絡はcomaの入院に係ることだけだと分かり
ホッと一安心。

あとは、comaの入院、手術だけとなりました。

すっかりcomaの記憶と記録になってる。。。。
付き合わせてしまってごめんさい。
自分の教訓の為に、もうちょっと続きます。

事故のお話-4

ポツポツ、雨が降っています。
でも、確実に花粉は飛んでいる。。。トホホ。
そして、こういう日にこそ、うずくアゴなのです。

で。今回も。ひつこく。
事故のお話-1-2-3から続きます。

荷物らしい荷物も持たずにオットの部屋の移動をして、
少し病室で話しているうちに、comaの両親が到着。
いっぺんに、騒がしくなりました(苦笑)

とにかく、オットの方は病院にお願いすることにして
転院先の病院にcoma両親と、オット両親と2台の車に分乗して
着いた時には病院の受付ギリギリの時間でした。

病院代などで費用が必要でしょう、あとバイクをレッカーで
移動するように頼んでおくから。
場所の確認もしておくからね、ってオット父が頼もしく手配
してくれたのがとても嬉しくて、本当に有り難かったです。

転院先の大きな病院の耳鼻咽喉科で改めて診てもらうと
comaさん、骨折、2カ所あるんですよ。
向こうの病院では、1カ所って言われてたでしょう?
1カ所だったら、完治を待つんですけど、
2カ所の場合、通常手術して、骨折箇所を固定するんですよ。
でないと、この先口がうまく開かなくなることもあるんでね。
噛み合わせも既にずれてますからね。

で。
手術も入院も何にも考えていなかったcomaに、
いきなり降ってきた日程も決められて。
入院準備の検査を終わらせて家に着いたら、もう夕方で。
送ってくれたcoma両親も、
どうしても帰らなければいけないからと引き上げて行きました。

当日中にオットのいる成田に行こうと思っていたのに、
断念しなくてはならず。
歯痒くて、悲しさと無力感と苦しさと痛さでボロボロ泣いていたら
レッカーに連れられて、ジェベルが帰ってきました。

オットが入っていた保険には、
50Kmまでレッカー無料サービスが付いていて
事故現場から丁度ギリギリで範囲内に入っていました。
良かった、無事に着いて。
とお兄さんに話したら、意外に傷ついてないですねって。
本当にジェベルの傷らしい傷は、ハンドルカバーの擦り傷くらい
エンジンにも、ウインカーにもライトにも
傷跡は見られませんでした。

人間の傷が一番大きいみたいねって、ちょっと笑って。
でも、良かった
とにかくジェベルだけでも帰ってきてくれて。

その日の晩、自宅でゆっくり休もうと思ったのに
ジュースは口からこぼれて流しに流れて行き
スプーンが入るほどの隙間も開かない口に嫌気がさして
顔を拭こうと思うと傷とアゴが痛くて
とてもじゃないけどシャワーは浴びられず
とにかく寝ようと思ったら、横になるのに一苦労。
さらに、寝返りもすることができず

傷ついて、初めて
頭を保ってられるのは、
アゴに力を入れてちゃんと調節しているから
と知ったのでした。
痛さと熱っぽさでまた熟睡できずに、
事故から2日目の朝を迎えました。

コイツはオットが穿いていた、中綿入りカーゴパンツ。
090308
切れちゃってるのが分かりますかね。
写真横になっちゃっててゴメンサイ。

プロフィール

coma

Author:coma
ちびっこ147cmの初心者母さん
オットとチビッコのビーと3人でお出かけ好き!
細々開店中。

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